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電子タバコでやる禁煙

電子タバコに関するWHOの報道がありました。 電子タバコは禁煙の補助具として有用であり、今後は安全に使用できることを証明することで安心して利用できるように環境を整える必要を感じます。 

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「電子タバコ」を食い荒らすドロップシッピングの亡者たち

この本当に小さい「電子タバコ」の業界とも呼べないほどの規模しかなく、商品としての信用もこれから積み上げる必要がある時期に厄介な強欲どもの集団がまつわりついて仲間内の騙しあい、消費者を愚弄する宣伝、無責任な商品説明などが横行しております。
以前よりHECや批判をかいくぐるための偽装工作商品などの問題を提起してまいりましたが、これを上回る問題を提起して参りたいと思います。

巷では誰でも簡単に大儲けができる「ドロップシッピング」と呼ばれる販売方法が横行し書店でもその類の本も見られます。胴元のドロップシッパーは自社の会員を募集し、会員契約をすることでホームページの情報やプログラムを提供し、会員にはHPを主体とする宣伝をすることで、在庫負担も資金負担もせずに商品販売ができることを前面に出して会員の勧誘をしてきました。会員は注文を取れれば直接胴元に繋いで、商品は胴元か、問屋か、あるいはメーカー直送にすることで口銭だけを取る方法で商売をして参りました。
消費者は注文をした商品の問題があれば当然注文した相手に苦情をいいますが、殆どのドロップシッピングをしているものは対応を拒否しております。
 「電子タバコ」では東京の「も○も社」や「リ○ル」社の煽動が目に付きますが、商品のありかも、在庫の数も、或いは商品自体を見たこともない状態でも会員に宣伝・販売行為をさせております。販売当事社は商品の説明、問い合わせには直接胴元に問い合わせをするように免責事項などと表示して無責任な販売行為を正当化しようとしているものも多く見られます。

景気の落ち込み激しく生き抜くことが優先になりがちな企業界ですが、消費者を愚弄したやりかたで、しかも仲間であろう自社の会員を巧みに煽動をして消費者への責任なども省みず双方を欺いている姿はこっけいでさえあります。何故、こんな無責任はいかがわしいシステムに多くの人が騙されるのかは時代背景もあるのかもしれません。
消費者は裏打ちのされない薄っぺらな宣伝文句や、売れれば何でもかまわないような考えで複数の商品を羅列しているShop、禁煙が簡単にできるような偽りの宣伝など自己の都合に合わせて手品師のように目くらましをしている会社にはいつまでも騙されないと信じます。

本来は監督官庁が明確に指導をすれば、すっきりとした体制ができるのですが、厚生労働省は過去の事件の反省が足りないのか、特に目立った事故はないと言うことで「電子タバコ」の処遇を曖昧にしたまま放置をしています。 水際で取り締まるように税関には要請しているようですが、内容はグレーであり一貫していません。 税関は原則的には通関させない方針のようですが、厚生労働省の持病が再発して放置状態です。
もともと医療機器に指定することを匂わしていたのですから、明確に省令をだして管理をすればよいことな筈ですがだれも余分な荷物は持ちたくないのでしょう。

このような状況を思うと消費者は賢くなる必要があります。 HECや類似品が安いからといって買う人がいるようでは同類の仲間にすぎません。HECや偽装の商品を使用して「電子タバコ」を論ずるのは早計です。もっとも駄目なものを選んで、それを基準にして全部を評価する愚かさは止めたいものです。 
同様に売れればなんでも良く、商品の納期や責任は納入業者に押し付け、宣伝・販売はドロップシッパーを煽動して競争させ、消費者の問い合わせや苦情の電話にも出ようとしない「ドロップシッピング」の会社を弾劾しましょう。賢い消費者の判断で、不愉快な思いを世の中に拡散させないために「ドロップシップ」を廃絶させましょう。「も○も」や「リ○ル」のついたドロップシッパーは敬遠しましょう。世の中の為になりません
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枝葉末節な禁煙の理由

やりたいことが色々とありましてBlogの更新ができずにおりました。「電子タバコ」に
限定したBlogは題材に行き詰まりやすく掘り下げも容易ではありません。
課題として「愛煙家のための電子タバコ」を書くつもりで「電子パイプ」を購入して雰囲気を試そうとしました。叔父はパイプが趣味でしたから物思いにふけるとき周囲に漂う紫煙に満足そうにしていたのを思い出します。櫻が散る頃に訃報に接し、亡骸でもよいから見たいとおもって駆けつけた記憶が甦ります。

「電子パイプ」は愛煙家には喜ばれるだろうか? そう思いながら又叔父の思い出なども交差してなかなか方向を定めることができなかったのですが、パイプの紫煙が周囲に伝播しないので愛煙家を満足させることはできないだろうと感じました。病気などで訳があってタバコやパイプを手にすることが出来ない人は代用として手持ち無沙汰の解消のために利用することはできるかもしれません。 叔父は「癌」でしたが、生きる望みが限られている時、パイプは無理でも「電子パイプ」は役に立つように思われました。

先月、上坂冬子さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。
産経新聞に遺稿をのこされていました。「枝葉末節な禁煙の理由」と題したこのエッセイ
は愛煙家に元気を与えるかもしれません。

【産経新聞より】

【老いの一喝】ノンフィクション作家・上坂冬子 枝葉末節な禁煙の理由
2009.4.20 04:03
 禁煙の理由を聞いてみると、大抵健康を損なうとか煙が周囲に迷惑がられるだろうとか、ことさら枝葉末節な理由に終始している。どの理由も本人が正々堂々と生きるためにとり立てて害があるように思われない。何となく因縁をつけられているような気がする。
  
 例えば、たばこの税金は直接的な収入になるともいう。ストレートに課税して後腐れがないから、もちろんたばこ税は簡便に違いない。それをまるで本人の健康を思いやっているかのごとく周辺の人々とのイザコザを避けたり、平穏な幸せを優先しているかのごとく言いまくるあたりが、私には気に入らない。ましてや環境保護の一端を担っているかのごときはこじつけといってもいいだろう。

 個人がたばこを遠慮したからといってグローバルな環境が保護されているだなんて。個人の安楽と社会的安穏とを比べれば、私は個人の安楽を優先したい。たばこは2000年も前から人々に愛用され続けてきたと聞いた。そんな話を聞くと、なおさらたばこというのは人々にとってよほど魅力的な嗜好(しこう)品であるということがわかる。私は酒もたばこもやらないが、それをのむな吸うなというのは無理な話に思われる。ましてや周囲に“気兼ねして”禁煙とは。

 個人の健康は個人が守るべき問題だ。はたから「それ言わんこっちゃない。吸いすぎたから肺がんにつながったのだ」などと余計なお世話だ。確たる根拠があるわけではないし、仮に根拠があったとしても本人の自己責任というべきだ。無分別に吸ったりのんだりして、「それみろ」と言われるのは本人としては覚悟の上だろう。それをことさら避けたりすれば、本人が心掛けるべき人生のポイントを外した以外の何物でもない。

それにしても何たることだろう。最近の禁煙席の多いこと。用意された所定の喫煙席に男も女も所狭しとひしめき合い、まるで犯罪者のように小さく身をすくめて吸っている。こんな光景を見ると、近ごろ人間のスケールが小さくなったと言われるのはこのあたりに原因があるのかもしれない、などと変な連想がわく。

 どんどん吸えとは言わない。周囲など無視しろとも言わない。しかし、物には限度がある。1箱1000円にしてはという説がまかり通っているのを見ると、まともな議論はこんなところから崩れていくのではないかと、あらぬ心配までしたくなるというものだ。

 2000年も前から人々が愛用している嗜好品なら、魅力的なものに違いないではないか。そんなに良いものなら喜んで取り入れて死んでいけばいいのだし、愛煙者としてもそれで本望であろう。嗜好品は自由意思である。それが原因で死ぬのがいやなら、本人の決意によってのみ愛用をやめるべきだ。これほど単純明快な話につべこべ理屈をつけるべきではない。

 団地が次々に建設されたばかりのころ、日本の高度成長を支えた企業戦士たちが家に帰り、ベランダで“ホタル族”などと呼ばれて控えめにたばこを吸っていた様子は哀れでもあった。男の地位が下がったのはこれ以来かもしれない。妻たちともめるときにこそ、しっかりもめてけじめをつけておかないと、今後ますます彼女たちにつけ込まれ肩身の狭い思いを繰り返すことになるかもしれない。
(かみさか ふゆこ) 
                   ◇
 上坂冬子さんは14日、亡くなられました。本稿が遺稿となります。

   合掌

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ヤップンヤン

Author:ヤップンヤン
男性、50代、元愛煙家
禁煙中、楽しみはワインを飲むこと
海外在住の浦島太郎です。

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